宮崎県 都井岬
2015年 06月 03日
御崎馬(みさきうま、岬馬)は、宮崎県串間市の都井岬に生息する日本在来馬の一種。
国の天然記念物に指定されている。
もともと穏やかな性質なのか、人や車が近づいても平然としている。
体高130センチメートル前後、体重300キログラム前後で、ポニーに分類される。
日本在来馬の中では中型馬に分類され、競走馬のサラブレッドやアラブ種
と比べると一回り小さく、体形はがっちりして頭部が大きいが、
農耕馬として育成されたほかの日本在来馬と比べると足が細いなど
乗用馬の特徴が保存されているそうだ。
御崎馬は、都井岬に牧場が開設されて以来300年以上の間、
人為的管理をほとんど加えない周年放牧によって粗放に飼養され、
繁殖と育成が自然にまかされてきたため、粗食に耐え、体質が強健で、
斜面が多い環境に適合し発達した後躯を持つなど、
都井岬の自然環境に適応した資質をもつという。
江戸時代の1697年に高鍋藩の秋月家が軍事に欠かせない馬の放牧を
都井村御崎牧(現在の御崎牧場)の藩営牧場で始めたのが始まりとされる。
明治維新後の1874年に御崎牧場は組合員155名からなる御崎組合
の共有牧場として払い下げられた。
1897年に明治政府は種牡馬検査法を公布し、
その後国策として内国産馬の体格を向上させるために洋種馬の
血統を導入する計画を実施した。
御崎馬も国策としての内国産馬改良事業から完全に逃れることはできず、
都井岬には1913年に父がスタンダードブレッド、
母が北海道和種と南部馬の雑種の北海道産牡馬である小松号が導入され、
種馬として1年間供用され数頭の牝馬が種付けされた。小松号の特徴は、
栗毛、流星、珠目正、鼻白、右後一白だった。
それ以来、御崎馬には栗毛や白持ちで大柄の馬も出るようになった。
しかし、小松号の影響は限られたものにとどまり、
御崎馬は純粋度の高い馬群を維持する数少ない日本在来馬として残った。
御崎馬は戦中から戦後にかけて数が減少し、農業の機械化にともない
農耕馬としての需要も見込めなくなった。
しかし、1953年に「岬馬およびその繁殖地」が国の天然記念物に指定され、
1967年と1968年に発足した都井岬馬保護対策協議会と
都井岬馬保護対策協力会が御崎牧場に協力、援助する体制ができた。
さらに、1974年からは国、宮崎県、串間市の補助事業として保護策がとられ、
御崎馬の頭数はじょじょに増加傾向に転じた。近年は120頭前後で安定し、
半野生状態を維持された希少な日本在来馬として宮崎県の重要な
観光資源となっている。
御崎牧場では、御崎馬本来の特徴を守るため、
小松号由来の洋種馬の影響を残す栗毛や白持ちの馬を規格外の御崎馬として
牡馬を去勢したり要望があった観光牧場や個人農家などの受け入れ先へ出し、
御崎馬本来の特徴を保持した馬群を復元、維持するよう努めている。
以上(ウィキペディア)より引用。