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鹿児島県 鹿児島市天文館中町ベルク商店街。

平成27年4月25日。


妻のふる里は鹿児島で、里帰りの際にはラーメンを食べ歩くのが楽しみで、

沢山のラーメン店ひしめく天文館界隈は、こころおどる場所だ。




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鹿児島ラーメン

スープは豚骨ベースで、鶏ガラや野菜に加え煮干や昆布や干し椎茸などの

乾物も使う半濁スープが主体。

地理的・歴史的な要因から九州のラーメンの中では唯一久留米ラーメンの

影響を受けていないと言われ、麺はかんすいが控えめで直流の中太麺が多い。

また他のご当地ラーメンに比べ、横並びにパターン化しておらず店ごとに麺の

仕様やスープの体裁などのスタイルが大きく異なるのも特徴と言える。

また、九州では珍しく古くから「味噌ラーメン」をメニューに加える店も多く、

メニューの目玉にする店や専門店が多く存在するのも特色と言える。

その姿は定番の札幌味噌ラーメンとは大きく異なり、独自のスタイルで土着化した

言わば「鹿児島流味噌ラーメン」といえるものも登場した。ラーメンには関係ないが、

注文すると漬物(多くは、甘酢大根の千枚漬け)と緑茶が出されるという特徴がある。


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鹿児島ラーメンの元祖と言われる店は『のぼる屋』と言われ、1947年に開店した。

全国的な知名度は低いが、ご当地ラーメンとして根付いていた。2014年閉店。


全国的に「九州ラーメンは白いトンコツスープ」という印象が定着しているが

、鹿児島のラーメンは平均すると白濁していない

。どちらかというと褐色で澄んでいるものまであるほど。

傾向としてそれぞれのだしのハーモニーを重視したマイルドな味わいで

最後まで飲干せるスープが多い。獣の臭いが強く白濁した濃厚なこってり・

ガッツリ系な九州地白濁スープを期待している向きには淡泊で薄く物足りなく感じる場合もある。








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鹿児島は大昔から鶏や豚を食べる文化があったため、

大なり小なり久留米ラーメンの影響を受けている他の九州ラーメンと違い、

鶏ガラ+豚骨をベースとした各店の個性が強く雛形的なラーメンが存在しない点が

最大の特長といえるだろう。

観光ガイドやグルメ媒体などでは、褐色系のスープに中太麺、

具として煮豚、湯通しのキャベツ千切り、細いモヤシ、キクラゲ、

香油代わりに焼きネギが散らしたものが鹿児島ラーメンのイメージとして

画像などを含め紹介されているようだが、それはあくまでも一昔前の

人気店の平均的なスタイルにすぎない。実際は白濁した豚骨スープ、

澄んだスープ、味噌ラーメンなどであっても麺や具なども含めて

ローカルアレンジがされていれば鹿児島ラーメンの範疇に含まれると

解されるという許容範囲の幅広さも特色である。

あまりの掴み所なさに「鹿児島ラーメン」というご当地ラーメンの実態は存在しない

酷評する向きもごく一部にあるようだが、見方を代えれば様々な要素を

貪欲に取り入れてきた懐の深さの証であり、店ごとにそれぞれ違う個性を

見つけられるので県外からの食べ歩き客は多彩な楽しみ方が得られるであろう。



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by whosanf | 2015-05-31 10:00 | 地域の商店街

鹿児島県 鹿児島市天文館中町コアモール商店街。

平成27年4月25日。



また、天文館の「中央地区商店街振興組合連合会(中振連)」や商店主は、

ここ数年、手弁当でイベントを開催するなど地道な努力を行ってきており、

2007年には中振連が中心となり、

加盟する各商店会や非加盟の商店会(G3アーケードや歓楽街の通り会)、

更には天文館の百貨店、大型商業施設を巻き込んだ「We Love 天文館協議会」

が立ち上げられている。

これは、それまで利害関係や諸般の事情により天文館全体での地域活性化に向けた

取り組みが実現することはなかったが、イオンが県内最大の大型商業施設を開業

するという危機感の共有が契機となってようやく実現したものである。

設立当時の主な活動としては、加盟商店会のアーケードや通り沿い、

店舗内や百貨店などに共通のロゴマークが入った幟・垂れ幕・ステッカーを掲示することや、

山形屋、三越鹿児島店を巻き込んだ協賛セールの開催などであったが、

協議会設置の先頭に立ってきた三越鹿児島店が閉店することで、

協議会としては出鼻を挫かれた格好となった。



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一方、三越鹿児島店閉店から約1年後の2010年4月28日、

跡地にテナント型商業施設「マルヤガーデンズ」が開業した。

大手書店のジュンク堂書店鹿児島店(約1,300坪)やミニシアターなど76のテナントを擁し

、天文館復活への期待を高めている。

また、かつてのライバルであった山形屋もオープン歓迎の垂れ幕を掲げるなど、

天文館復活に向けて共に手を取り合う姿勢が明確になってきている。更に、

2012年5月3日には、「We Love 天文館協議会」が中心となって建設、

運営するシネコン「天文館シネマパラダイス」が開業するなど、

天文館復活への取り組みが進められているが、

入場者数の伸び悩みなど問題点も露呈しはじめている。

(ウィキペディアより。)

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by whosanf | 2015-05-30 10:00 | 地域の商店街

鹿児島県 鹿児島市天文館納屋通り商店街。

平成27年4月25日。



都市間競争



九州新幹線が2011年3月に全線開業し、

鹿児島中央駅と福岡市の博多駅の間が約1時間20分で結ばれている

。相互交流や観光の面では利点が多いものの、ビジネス・

商業の面で福岡市へのストロー現象が起こった場合、さらなる空洞化が懸念される。



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天文館では、九州新幹線の全線開業を見据えて、各所で再開発事業、貸ビルの建て替え

、不動産流動化等が段階的に実施されており、リサイジング・店舗入れ替え・

業態転換などが見受けられる。

主なものとしては、山形屋の3号館増床の正式発表(その後、

無期延期発表)やいづろドーム跡の再開発ビル建設、

中央資本による新規ビジネスホテルの建設等があり、

業種や業態によって好不況が分かれている。

また近年では、中央の不動産会社による投機目的を含めた不動産取引も活発になってきている。



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by whosanf | 2015-05-29 10:00 | 地域の商店街

ストップ!川内原発再稼働311kmリレーデモ

平成27年5月27日。

川内原発の再稼働に反対し、鹿児島市からリレーでデモ行進を

続けてきた市民グループが27日午後2時、賛同者約200に迎えられ

福岡市にある九電本店に到着した。



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5月16日鹿児島市内市内を出発し、3.11にちなんで311キロの距離を

九州南岸の9カ所の自治体を巡り川内原発再稼働反対を訴えながら

11日間をかけてリレー形式で歩いて北上した。



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主催した市民団体「ストップ再稼働!3・11鹿児島集会実行委員会」

の向原祥隆事務局長は、「九電は一度も住民の前に出てきていない。

公開説明会を開くべきだ」と訴えた。

その後九州各県の反原発団体のメンバーも次々とマイクを握り、

原発再稼働反対の意志を熱く訴えた。

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九電が設定した入場制限に従い 100人が入場。

入場時、プラカードの持ち込みを巡り入場者と押し問答があり、

「抗議に来ているんだ!」と、反発する一人の入場者を巡り

九電側が聞き入れなければ警察を呼ぶと繰り返し対立するが、

仲間の説得を受けプラカードを場外においてしぶしぶ入場する場面があった。


川内原発再稼働の反対を求める113,400人分の署名を提出。

応対した広報担当者から、

4月に提出していた公開質問状に対する回答を口頭で受けた。

質問は  1,地震問題   2,火山問題   3、過酷事故対策   

4,使用済み核燃料について5,避難計画について 
  
6,九州電力の責任問題についてなど詳細に及び、

4時間を過ぎてもやりとりはほとんどかみ合わなかった。



 午後7時すぎ、広報担当者が「予定の時間を2時間以上過ぎている」

として議論を打ち切ろうとすると、前回と同じ対応に参加者らの不満が爆発し、

もみ合いとなる。

110番で駆けつけた警察官約20人が、仲裁する騒ぎになった。


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向原事務局長は、質問状への納得のいく回答を求め、

再稼働前にあらためて話し合いの場を設けるよう、28日に九電に申し入れる。
by whosanf | 2015-05-28 11:26 | 原発廃止

鹿児島県 鹿児島市天文館通りG3商店街。

平成27年4月25日。



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by whosanf | 2015-05-28 10:00 | 地域の商店街

鹿児島県 鹿児島市天文館にぎわい通り商店街。

平成27年4月25日。



天文館では、以前は路地裏や地下のような動線の劣悪な場所でも空き店舗は

ほとんど見られなかったが、近年はアーケード内や電車通りに面した建物の

1階でも空き店舗が見られるようになり、空洞化が懸念されている。



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2006年10月に天文館からいったん映画の灯りが消え(2010年4月に復活)、

銀行・証券会社等の統廃合により店舗ビルが取り壊され青空駐車場となる例も見られた。

電車通りに面した一等地に建っていた

「いわさきホテル・ザビエル450」(旧:かごしま林田ホテル)や、

夜の鹿児島の顔であった千日町の「エンパイヤビル」はいずれも解体され、

現在のところ明確な再開発計画はなく更地となっている(当面の間、

「ザビエル450」跡地は駐車場として、「エンパイヤ」跡地はイベント広場として活用)。

更に、2009年5月には天文館の核店舗の1つであった三越鹿児島店が閉店し、

鹿児島市内の百貨店は山形屋本店を残すのみとなった。




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天文館の歩行者通行量は、2000年から2010年までの10年間に、

天文館本通りアーケードで約26%、天文館G3アーケードで約40%(いずれも週末)

の大幅な減少となっており、南日本新聞の記事でも2002年からの

5年間で2割減少したとある。

なお、天文館の空き店舗率は2011年で9.9%に上ったが、2012年には6.6%に

改善している。




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by whosanf | 2015-05-27 10:00 | 地域の商店街

鹿児島県 鹿児島市天文館はいから通り商店街。

平成27年4月25日。


現代の天文館


天文館は、ショッピング・歓楽ゾーンとして地元では絶大なブランド力を持ち続けていたが、

近年、九州新幹線の開業などによって鹿児島中央駅周辺や鹿児島市中南部

で新興繁華街や大型商業施設が台頭した影響を受け、

天文館一帯の空洞化が深刻化してきている。

特に2009年5月の三越鹿児島店の撤退は地元経済界に大きな

驚きとショックを与えたが、それから約1年後の2010年4月には後継店舗

として複合商業施設「マルヤガーデンズ」が開業したほか、

2012年5月には全国初となる、繁華街が運営主体のシネコン「天文館シネマパラダイス」

が開業するなど、天文館復活への取り組みも進められている。



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by whosanf | 2015-05-26 10:00 | 地域の商店街

鹿児島県 鹿児島市天文館ぴらもーる商店街。

平成27年4月25日。


江戸時代、第25代薩摩藩主・島津重豪が天体観測や暦の研究施設として明時館

(別名「天文館」)を建設したことに由来する。

明治期までは天文館一帯は薄の生える空き地も目立つような寂しい場所であったが、

大正時代前期に南林寺墓地が移転し、大正時代後期から昭和初期にかけては

路面電車が開通したことから、同時に鹿児島座(1918年火災により焼失)

をはじめとした多数の映画館や劇場が開館した。

それに伴い鹿児島各地から昼夜の別なく多くの人々が押し寄せるようになり、

まもなく周辺に映画客目当てとした飲屋や赤線、食堂などが自然発生的に現れた。

千日町や山之口町界隈の歓楽街は、その頃に原型が形成された。

その後、山形屋呉服店が大正時代初頭に神戸以西で初の

鉄筋コンクリート造の大型デパートを開業すると、

周辺の商店や町屋が次第にショッピングゾーンに変貌し、

戦前には現在の街並みがほぼ完成された。

(ウィキペディアより。)

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by whosanf | 2015-05-25 10:00 | 路地裏散策

鹿児島県 鹿児島市天文館本通り商店街。

平成27年4月25日。


天文館の中心部では、天文館本通りアーケード、天文館G3アーケード(千日通り)

及び天文館電車通り(いづろ通り)が縦横に貫き、

その周辺をアーケードやカラー舗装された通りが網の目状に連なる。

これらの通りでは、古くからの個人商店のほか、ブティック、カフェなど洒落た

店が立ち並び、またアミューズメント施設や無数の飲食店が軒を連ね、

昼夜・年中を問わず多くの人で賑わう。


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天文館では、アーケードがアーチ型、片屋根型を合わせて約2kmにも及び、

アーケード抜きには天文館を語ることは出来ない。これは、桜島の降灰対策や、

夏の強い日差しを避けるためである。



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なお、天文館とは、天文館交差点や天文館通電停を中心とした繁華街・

歓楽街エリア全体を指す通称であり、固有地名でないことから、

その定義は非常に曖昧かつ漠然としている。

したがって、地元住民でさえ、天文館の範囲について議論が交わされることもある。

(ウィキペディアより。)

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by whosanf | 2015-05-24 10:00 | 路地裏散策

鹿児島県 一番街商店街。


平成27年4月25日。



戦後、鹿児島中央駅周辺は一面の焼け野原となった。

終戦直後、西鹿児島駅(現鹿児島中央駅)を中心として

生活必需品の闇市が形成され、地方・郡部より

物資が持ち込まれ露天商が並び自然発生的に

朝市が形成された。



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一時は県下一の盛況を極め、

市内はもとより郡部からの買物客で混雑し、

西駅朝市としてにぎわっていた。

この西駅朝市が、一番街商店街の前身・朝市通りの始まりだ。



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by whosanf | 2015-05-23 10:00 | 路地裏散策