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茜に染まる。

「10月4日 人吉 河川公園」。

人吉に夕方4時頃戻る。

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この日も一日中歩き回ったので、くたくただ。

この日は一昨日とは別の公衆浴場、

「元湯」に行った。新温泉より少し新しいが

入浴料は200円と、肌にも懐にも優しい。

温泉から帰り、橋の上から流れを見つめた。

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日没前の河原に椅子を持ち出して、ビールを飲んだ。

う〜〜ん。うめ〜〜と、至福の時間をすごしていると

空が朱色に染まりだし、急いでカメラと三脚を取りに行った。

釣り人の姿が茜色の空に影絵のように浮かび、

台風18号の接近が、思わぬ感動を届けてくれた。

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河川公園も夕日に照らされていたが、そこいいる人々は

だれも夕日に気を止める様子は無く、

その無関心さが不思議に思えた。

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by whosanf | 2014-10-29 17:13 | 風景写真

山は荒れている。

 「10月4日市房山、杉の巨木。」

市房神社の周辺に杉の巨木が点在していると聞き,

それを見るために、市房山に向かった。

登山口から三合目まで車で行けた。

30分程歩くと苔むした石段が現れ、大きな杉の木が

目の前に現れた。



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樹齢800年を経て、幹まわりが6メートルを超える大木が立ち並ぶ姿は

圧巻だ。

けれど、1000年近く生きてきた木は、人間のさまざまな行いを

愚か者と見下している事だろう。




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けれど、周辺を見渡すと鹿よけネットが張り巡らされている。

「これでは、森からすべての動物を排除しているのとおなじじゃないか」!。

「森林セラピー」と、いうが、それは人間本意のもので、

動物と共存の姿勢はまるでみられないのが、とても残念だ。

屋久島と同様に、

むき出しの根は「踏みにじられるままにさらされている」。




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動物を排除した森は自然界のバランスを失い滅びゆくだろう。

荒廃する森からは、力強い生命力は感じられなかった。




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by whosanf | 2014-10-29 16:39 | 森林

ダムはいらない。

「10月4日市房ダム」

球磨川の上流、水上村に市房ダムがある。

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ダム沿いの道を走っていると

上流に堆積した土石を取り除くため

狭い道を巨大なダンプカーが轟音をたてて行き交うので、

カーブを曲がるたびに冷や汗をかいた。

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水は体の血液と同じだ、よどめば死に至る。

何千年も前から生息する魚に川を解放する。

自然を征服する過去と決別して、役立たずのダムを取り壊せ。

アメリカ全土につくられた7万5千基のダム。

それらの多くは、川を変貌させ、魚を絶滅させ、

それにもかかわらず期待される発電・灌漑・洪水防止のいずれにおいても

低い価値しか提供していない。

むしろダムの維持には高い経済的コストもかかっている。

そんな負の面ばかりのダムを「撤去」する選択が、アメリカでは現実になってきた。

だが「ダム撤去」が当たり前に語られるようになるまでには、

「クレイジー」と言われながも川の自由を求め続けてきた人びとの挑戦があった。

彼らのエネルギーにより「爆破」が起こるドキュメンタリー。

映画「ダムネーション」より。


by whosanf | 2014-10-29 15:41 | 環境問題

上椎葉の朝。

「10月4日上椎葉」。

昨夜の星空に引き続き、今朝の上椎葉は朝霧の中

神々しい雰囲気に包まれた。

左下に見える民家から,二つ程カーブを曲がった場所に、

民宿焼畑はある。

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この風景の中、12年前取材でたずねた鹿児島県トカラ列島、子宝島

の民宿「湯泊荘」のおかみさん、「通称アキばあ」の事を思い出した。

一見強面のアキばあは、接するうちに、ツッケンドウな態度とは

うらはらに心根のやさしいおばあさんだと気づいた。

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その当時子宝島は人工50人の小島で、まさしく絶海の孤島だった。

そんな島に、住みつづける理由を聞いた。

一時期は3世帯まで住人が減った。

「何度も島を出たいと思っていたよ」。

だけどある日の事。

朝は早くから一日の仕事を終えて、疲れきって

家に帰る途中、夕日が真っ赤に燃えて、本当にきれいだった。

その夕日をみて「この島に絶対にずっとのころうって

思ったんよ」。

アキばあは豪快に笑って、そういった。

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大自然の中では、人は謙虚で優しくなるもんなのだろうか?

下から雲がわき上がる光景の中でそう感じた。

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上椎葉と、トカラ列島の島々には一つの共通点がある。

昔、源平の戦に敗れた平家の一族がそれぞれに別れ、

身を隠した場所であると言う事だ。

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上椎葉から水上村へ行く道中、偶然にも、ラジオで民宿焼畑の主、

(現在は椎葉くにこさんのご長男勝さんが引き継がれている)

が取材を受け、焼畑農業についての話をされていた。

焼畑農法は,夏に雑木や草を刈って火を入れ、

1年めにそば、2年めにヒエ3年めにアズキ、

4年めにダイズを栽培すっとです。

5年め以降は元の山に戻すために、20〜30年放置する。

自然の摂理に適合した農法なのです。

母(クニ子)さんは、現在91才近年まで焼畑を70年続けてきたそうで。

山の中に自生する野草を500種以上を熟知し、

食用、薬草、を見分ける、野草を知り尽くした知識には、

足下にも及びません。

と、語っていた。

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by whosanf | 2014-10-26 13:30 | 風景写真

民宿 焼き畑。

「10月3日椎葉村へ向かう。」

西米良から椎葉村へ、この林道を通るのは実に35年ぶり。

当時、道は舗装されておらず、崖にはガードレールも無いような

絶壁の道が続き、まさに命がけで行く秘境の集落だった。

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道は舗装され、危険を感じる場所はほとんど無かった。

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それでも所々に崖崩れの跡があり、信じられないような所に

砂防ダムが造られていた。



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山間部にぽつんぽつんと集落があり、人間のたくましさを

感じると同時に、自然の壮大さに恐れ入った。

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椎葉村に着いたら、椎葉クニ子さんを訪ねてみよう。

ふと、途中で思いついた。

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「椎葉クニ子さんの民宿はどこですか?」

閉まりかけた観光案内所で訊くと、慌ただしい中を若い女性が

地図まで持ってきて教えてくれた。

上椎葉という場所にあり、さらに40分程かかるという。

時間は16時だったので、まだ大丈夫だろうと、向かったが

途中で道路工事の足止めで、40分待たされた。

所々に民宿焼畑と看板があるが、何度も道に迷い、

人に尋ねながら、やっとたどり着いた時には日が

暮れていた。

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家の中には沢山の宿泊客がいる様で、慌ただしい雰囲気だった。

戸を開けてご主人らしき人の声をかける。

「宿泊ではありませんが、

外観だけでも写真を撮らせてもらえませんか」?

「暗かけど、大丈夫ですか」?

「はい、なんとか」。

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室内から宿泊客のにぎやかな笑い声が、山の彼方にこだましていた。

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撮影が終わり再びご主人を訪ね 「ありがとうございました」。

というと、「ばたばたで、何のおかまいも出来ず申し訳ありません」。と

優しげに答えられた。

「突然お邪魔したのはこちらの方で」。と、恐縮し

「今度は、ゆっくりと泊まりに来ます」。と焼畑を後にした。

その後、ねぐらを探しうろつていると、

杉林の伐採後に空き地があったので、

そこに車を止めて車中泊。

標高900メートルを超える山の中。

手が届きそうな場所で、星が無数に輝いていた。
by whosanf | 2014-10-25 15:28 | 環境問題

「田園回帰」

「10月3日宮崎県 西米良村。」

多良木をを過ぎると山間部に入り、坂道のカーブを

曲がるたびに山肌の深さを増していった。

重なり合う山肌の一面が、植林された杉やヒノキで覆われている。

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最近読んだ新聞記事の見出しに「目が止まった。」

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「田園回帰」進む若年化とあった。

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震災…価値観多様化に、

首都圏から地方への移住者が増えており、これまでとは

違い、若い世代が「田園回帰」を志向しているのだ。

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東京で9月下旬に開催された「第10回ふるさと回帰フェア」

は一万人を超す人出でにぎわったと言う。

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45都道府県から254団体が出展し、「わがまちの住みよさ」をPR。

会場で目立ったのは、若い家族だった。

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大手メーカーに勤める男性(32)は福岡県久留米市のブースを

訪ねた。妻と就学前の娘二人の4人暮らし。

「子育て支援、学校や医療の環境を参考に選びたい」。

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原発事故の影響と震災の不安から西日本への移住を決心したという。

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大分県などの説明を聞いた都内の会社員男性(38)は「自然の

中で」子供を育てたい」。と、移住の動機はさまざまで、

九州の自治体の前では順番待ちをする人もいたそうだ。

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主催したNPO法人「ふるさと回帰支援センター」の事務局長は

私が13年程前に、熊本の小国町で一度取材している。

彼は、東京から大学卒業後小国に移住し

おぐにネットワークビューローを立ち上げた頃の事だった。

小国での経験を生かし、地域支援で活躍している

事をとても嬉しく思った。

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by whosanf | 2014-10-25 14:44 | 風景写真

廃れ行く町。


「10月3日多良木町」

あさぎり町からさらに進むと、先ほどと同じように

郊外型ホームセンタが現れ、その先に再び寂れた商店街が

姿を現した。

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なぜ旧来の商店街が廃れて行くのか?



一言で片付けると、車社会の発展による弊害といえる。

もともと地域の商店街は1974年3月1日に施行された、

大規模小売店舗法によりその存続が守られていた。

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ところが、店舗網の拡大を目ざす流通業界からは

改善を求める声が出され、

さらにこの法律を廃止に追い込んだのは

国内の大手流通業界ではなく

日本市場の開放を求める米国の「外圧」であった。

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この事は、今のTPPと同じ構図であり、日本がTPPに加盟した場合

日本中の農業、漁業、等第一次産業に関わる人々の

衰退に拍車をかける事は明白である。

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全ての郊外店舗は田畑だった場所を埋めたてて、造成される。

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田舎には耕作放棄地が増え続けているが、いざ食利用難

が世界規模で発生した時には、日本に食料を自給する

力は残っていないだろう。

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by whosanf | 2014-10-25 13:45 | 風景写真

あさぎり町

「10月3日球磨郡あさぎり町。」

人吉から西米良を経由して椎葉へ向かう。

人吉市外を抜け山間部へと車を走らせる事10分、

予想に反して大型のガソリンスタンドや、コンビニ、ショッピング

モールが国道の両脇に立ち並んでいる。

しかしそこを過ぎると廃れた商店街が現れた。

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「あさぎり町」

平成15年4月1日、九州南部のヘソ、熊本県中球磨郡の5つの町

上村、免田町、岡原村、須恵村、深田村が合併して誕生。

人工1万8、000人世帯数5,500戸。

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それにしても先ほど見てきた近代的なガソリンスタンドや

ホムセンターやコンビニ。

    「同じ町内か?」と目を疑う!

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一時期繁栄した酒のディスカウントストアーにも「貸店舗」の立て札が。

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by whosanf | 2014-10-24 15:02 | 風景写真

人吉温泉

10月2日人吉温泉 「新温泉」

12年ぶりに訪ねた温泉まだ営業していた。

番台にいたおばあさんに久しぶりに来てみたら、

「開いてたので嬉しいです!」と伝え、

しばらく、いろいろと話を聞いた後、中を撮影させてもらった。

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昭和6年の開業し、今は3代目になる娘さんと交代で番台に座っています

との事。

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共同浴場のため入浴料は大人300円と、今時安い。

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炭坑の町で育った私は、「炭坑風呂」と呼ばれる公衆浴場に

時々入りにいった。

大きな浴槽のまわりに、水深の浅い、

洗い場がぐるりと囲んだ作りの風呂で

乳白色の洗い場は垢が何層にも浮いていたが、

汚いとは感じなかった。

筋骨たくましい炭坑労働者達が、頭にタオルを巻き付けて

お湯に浸かる姿を今でも鮮明に覚えている。

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日本中の温泉街にある公衆浴場も、どんどん姿を消している。

その後この温泉の湯に浸かり、

球磨川の中州にある公園で車中泊。

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by whosanf | 2014-10-24 13:39 | 風景写真

人吉商店街。

 「10月2日人吉市街。」

「鍛冶屋町通り」と言う通りがあり、行ってみた。

名前の通り、鍛冶屋が沢山あった場所だと言うが

鍛冶屋は2件程しか残っていなかった。

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看板に「ウンスンカルタ」と書いてあり、調べてみると。

約450年前に、渡来したポルトガルの船員たちによって

南蛮カルタが伝えられ

これを改良したウンスンカルタが生まれ日本中で流行した。

ところが寛政の改革(1787〜1793)で一切の遊具がが禁止され、

この遊びも全国的に弾圧されたのですが、

不思議なことに日本で唯一、熊本県人吉地方だけにこの遊びが残り、

今日まで伝えられてきた。となっていた。

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本町通り。

古くからの店が建ち並び、私の好きな雰囲気だ。

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「ホルモン」肉屋ではなく、ホルモン焼きを食べさせてくれる店。

「実にうまそうな雰囲気。」

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ごちゃごちゃした中に深〜い味わいを感じさせる町並み。

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こんな町が日本中からどんどん姿を消している。

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by whosanf | 2014-10-24 13:04 | 風景写真