酔眼的日常を写真日記でつづります。リンクフリーです。写真の無断転用は禁止致します。


by whosanf
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カテゴリ:環境問題( 55 )

砂防ダムと人工林。






三郡山。



 ♪ ♪ 「みどりしたたるさぁんぐんざぁ〜ん  ながれもきぃよきーほなみがわ〜〜」♪


小学校の校歌でも唄われた、私の地元の名峰。



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今その山は谷間を砂防ダムで埋め尽くされ、放置された人工林は線香の様に

細く木材としての価値はほとんどない。

それでも、伐採と植林が繰り返され、林道を通す為に山肌は削られ

山は荒れ果てている。



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by whosanf | 2015-07-27 18:34 | 環境問題 | Comments(0)

大分県 三国街道。


平成27年4月28日。




藤川内渓谷からの流れは北川と名を変え、延岡市へと流れる清流だ。



パックリと口を開けた雑木林の伐採地。



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新緑のこの時期は、杉、檜と雑木林のコントラスト

がくっきり別れ分布がはっきり見て取れる。




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集落のすぐ上に広がる針葉樹の植林、雑木林を切り倒し山肌が露出した場所が

ところどころ目に付く。



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谷沿いの集落は土石流発生の確率は非常に高い。

谷沿いに植えられた杉檜は根が浅く、大雨が降ると土石流と倒木とが混じり合い

破壊力を増すので大変に危険だ。




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生活の中、山間部で守られて来た土石流被害に対する危機管理意識は高く、

奥山には手を付けないと言う掟が以前はあった。

しかし、戦後始まった過剰な植林と、砂防ダムにより危機管理能力は麻痺してしまっている。



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日本全国、土石流災害に対して危機管理を見直さ無ければ。

山間部に点在する集落は壊滅してしまうだろう。



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by whosanf | 2015-06-17 09:30 | 環境問題 | Comments(0)
平成27年4月27日。


球磨川本流には、3か所のダムがある。

河口側から、荒瀬ダム(1955年完成)、瀬戸石ダム(同1958年)、

市房ダム(同1959年)で、1950年代後半の数年間に

集中的に建設が進み、これらのダムによって球磨川の環境は大きく変わった。



ダムは河口がある八代海の生態系にも影響を与え、

藻場や砂干潟が減少し、漁獲量も漁業者の数も減少。

ダムの影響から解放されたいという住民の思いは、水利権更新期限が近づくと、

ダム撤去運動という形で表面化する。

2002年6月9日、旧坂本村川漁師組合が『荒瀬ダムを考える会』の発足を呼びかけ、

ダム撤去を求める運動が本格化した。

撤去運動には多くの団体が加わって影響力を強め、9月20日、

村議会でダム撤去を求める意見書が可決されるに至り、

村議会はダム撤去を求める請願を熊本県に提出した。

熊本県は2003年6月、河川環境に配慮したダム撤去対策等を検討するため

『荒瀬ダム対策検討委員会』および『ダム撤去工法専門部会』を設置。

委員会や専門部会での検討結果を受け、2006年3月に『荒瀬ダム撤去方針』が策定され、

撤去計画の検討が進められていた。

ところが、蒲島県知事は2008年6月、

これまでの撤去方針を凍結して再検討することを表明。

撤去費用が大幅に増加することが明らかになるなど、状況の変化があったためだ。

同年11月「荒瀬ダムの発電事業を未来永劫続けることが最善の選択ではなく、

撤去可能な条件が整えば撤去すべきである」との考えを前提としながらも、

「深刻な財政危機にある県の現状を考えると荒瀬ダムを存続

させることが適当である」との判断を下した。


ダム撤去の日を待ちわびている住民にとっては、衝撃的な出来事だった。

住民たちは、あきらめずに撤去凍結への反対運動を続けた。

そして、2010年3月まで更新した水利権について「再更新はできず、

発電を存続させるためには新たに水利権を申請する必要がある」との判断が、

国土交通省から示された。

熊本県は2010年2月「現時点では、もはやダム存続を目指すこと自体が、

地域の混乱の長期化を招き、適切な選択ではない」として、

ダム撤去を再び表明した。

ダムの影響に苦しみ、撤去に向けた運動を続けてきた住民たちの、

長年の苦労が報われた。



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撤去の工期は2012年4月から2018年3月までの6年間が予定され、

環境の経過観察については、撤去工事前後それぞれ2年間を含め、

10年間継続して行われる。

ダム撤去が決まって以降、定期的にゲートを全開していたこともあり、

水利権消失後の2010年4月に本格的なゲート全開が行われると、

川はダム建設前の姿に近づき、水質も向上。

同年8月頃には、付近の住民が「8割方、以前の河原に戻った」

と話すほどの状態になっている。



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荒瀬ダムの上流10㎞には瀬戸石ダムがあり、現在も発電用ダムとして運用

されているため、荒瀬ダムの撤去が球磨川と八代海にもたらす効果は、

限定的にとどまっている。

2か所のダムがなくなった場合、球磨川は、上流の宮崎県境付近に

ある市房ダムに至るまで、大型ダムのない一級河川となり、

川と海の生態系と生物資源のめざましい回復が期待できる。

その瀬戸石ダムの水利権も、2014年に50年の期限が切れる。

瀬戸石ダムにおいても、地元漁協が、水利権の更新を認めず、

撤去を目指すという決議をあげており、これを契機に、

撤去される可能性がないわけではない。

しかし、瀬戸石ダムは、芦北町と球磨村のはずれにあるため、

旧坂本村のように、直接ダムの被害を受ける村がなく、また下流で捕獲したアユの

70%を瀬戸石ダムの上流で放流することで、アユの漁獲量も保たれてきた。

このため、荒瀬ダムでみられたような、住民が積極的に撤去を求める運動は、

瀬戸石ダムに関しては起きていない。

とはいえ、これまで瀬戸石ダムの放水時には、

荒瀬ダムが補助ダム的な役割を果たし、

荒瀬ダムが水量の調整を担い、また、アユ放流事業の費用も

、瀬戸石ダムは負担してこなかった。

つまり、瀬戸石ダムの運転は、荒瀬ダムに依存してきた面があり、荒瀬ダムが

撤去となることで、瀬戸石ダムの運用は見直しを迫られることになる

荒瀬ダムの撤去は、ダムがひしめく日本の河川で、

今後どうやって自然を回復していくのかを考えるうえで、

たいへん重要な事例である。大型発電ダムの撤去は、

日本のみならず、アジアでもはじめてのケースで、ダム撤去によって、

自然がどのように回復していくのか、回復を促進する要件はなにか、

といった問題を考えるために、撤去工事開始前から継続的な経過観察

が必要であった。

しかしながら、荒瀬ダムは熊本県の所有で、国が関与していないためか、

全国的には荒瀬ダム撤去への関心は非常に低く、専門家による多面的な経過観察

調査も行われていない。


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by whosanf | 2015-05-20 10:00 | 環境問題 | Comments(0)
平成26年2月19日、20日。


八代海に沈む夕日。



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 不知火町松合は、宇土半島の南岸、不知火町の西部に位置し、


東・北・西を丘陵に囲まれ、南は八代海に面する温暖な気候の地だ。


古来、その温暖な気候と穏やかな内海の恵みを受け、


古くから漁業の町として繁栄してきた。


安政2年(1855年)には松合漁港が完成したことにより、


熊本藩第一の漁港として、さらに繁栄した。


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また、元禄時代(1700年頃)には豊富な地下水を使った酒造が始まり、

酒造の町としても知られるようになった。

江戸後期には酒造業として萬屋・財布屋・阿波屋・新酒屋の4家が現れ、

明治初期までは年間約1000石(180kℓ)の生産量をほこっていた。

酒造業で富をなした各家は、廻船問屋や海産物問屋なども手がけて財を築き、

松合繁栄の基盤づくりに大きく貢献した。


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   松合は、江戸から明治にかけて、漁業・海運・醸造・商業の町として繁栄して

きたが、一方で、山で囲まれた狭い土地に民家が密集しているため、

大火にもみまわれてきた。

特に、文政9年(1826年)~天保2年(1831年)には、

4度の大火で、のべ871戸の家屋が焼失している。

   そのなかで白壁土蔵造りの家屋だけが焼失を免れたことにより、

土蔵造り白壁建築が行われるようになり、

現在までその美しい町並みを残している。


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しかし土蔵の町を未曾有の高潮による災害が襲った。

1999年9月24日。

熊本地方気象台牛深測候所で観測史上最大の瞬間風速66.2m/s

を記録した台風18号は,九州・中国地方に上陸し各地で

大きな爪痕を残した.その中でも,熊本県の不知火海(八代海)の湾奥部に位置

する不知火町松合地区では,強風による高潮・高波によ

って海水が一気に低水地内に流入し12名もの犠牲者が出た。

これは,熊本県内では1959年9月の台風14号で天草地方を中心に発生した

高潮災害以来,また全国的には同じく1959年9月の伊勢湾台風以来の高潮による犠

牲者であり,社会的にも大きな衝撃を与えた。

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下記被害当時の写真は、


毎日新聞、本社ヘリから矢頭智剛撮影画像を転載。



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by whosanf | 2015-03-27 10:00 | 環境問題 | Comments(0)
11月3日星野村。

村の全景が見渡せる段々畑があり、そこにいたおじいさんに

許可を得て撮影をしていると、おじいさんは「室山神社を

知っているか?」と聞いて来た。

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「知りません」と答えると、山頂に巨石(船着岩)

のある山の方角を指差し

あの大きな岩のある山の中腹に神社が有り、

神社のまわりには巨石が点在し、

神秘的な所だから行ってみたら、と言ってきたので、

そこへ向かった。

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山道を車で10分程走ると駐車場に着いた。

そこにはおじいさんが描いたと、言っていた看板があった。

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樹々が生い茂った薄暗い道の先に長い石段があり、

その石段をのぼると巨石がそびえ立っていた。

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神社の山門の脇には大きな杉の木があり、後で調べてみると、

幹廻りが6,9メートルで推定樹齢500年とあり、

福岡県指定の天然記念物に指定されていた。

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神社の廻りには巨石が林立し、神秘的な空間にしばし圧倒された。

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駐車場へ引き返す途中に船着岩と矢印があり、その方向へ向かう。

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途中にもいくつもの巨岩があり、20分程歩くと船着岩の裏側に出た。

こぶし程の小さな石仏が、天をにらむように鎮座する姿があった。

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by whosanf | 2014-11-18 20:00 | 環境問題 | Comments(0)

九州北部豪雨から2年。


八女市上陽町。

人口3,867人

清流がながれ、ほたると、石橋の町として

美しい景観を保って来た。

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お茶の産地としても有名だ。

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2012年7月にこの地を襲った豪雨は河川を氾濫させ

数カ所で山が崩落し、集落は一時孤立した。

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崩壊した山のほとんどは山頂までびっしりと杉が植林された

人工林だ。

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人工林で覆い尽くされた山里が、さらにコンクリートで覆われ

景観さえも破壊されて行く姿は、自然災害の度に各地で

増え続けている。

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星野村。

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熊本市阿蘇郡一の宮。

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by whosanf | 2014-11-17 20:00 | 環境問題 | Comments(1)

荒瀬ダム撤去。

「10月5日荒瀬ダム」。

球磨川は昔、あゆの漁獲量日本一を誇り、

川沿いには、鮎漁を中心に生計をたてる川漁師が沢山いた。

平成24年4月、

熊本県営荒瀬ダムの撤去工事が始まった。

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荒瀬ダム(1955年竣工。)は、水力発電を目的に建設された。

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発電目的としては県内で最も古いダム)に対して

、周辺住民はかねてから、

「ダムによって洪水被害が拡大したのではないか!」と、

不信感を抱いており、

旧坂本村内では撤去への要望が高まっていた。

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2002年に村議会はダム撤去を求める誓願を熊本県に提出し、

撤去問題がクローズアップされた。

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これを受け熊本県では、

2010年から2015年までの5年間で撤去することとしたが、

2008年、潮谷義子前知事に代わって就任した蒲島郁夫知事は、

一転してダム撤去を凍結する方針を明らかにした。

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これに対し、地元市民グループなどから強い反発の声が出された。

紆余曲折はあったものの2008年に、

荒瀬ダム撤去方針撤回が正式に表明されて、

2012年度から撤去を始めることが決まった。

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熊本県は球磨川においては荒瀬ダム撤去を進めているが、

白川においては世界ジオパークに登録された

阿蘇の玄関口に立野ダムを建設予定で、

こんな素晴らしい渓谷を水の下に沈めようとしている。

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しかし、住民への説明会も開催しないために、

阿蘇や熊本市の住民の多くがこの計画について知らない。

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球磨川本流には、3 か所のダムがある。

上流から市房ダム(同 1959 年)、瀬戸石ダム(同1958 年)

荒瀬ダムで(1955 年 完成)、、、

1950 年代後半の数 年間に集中的に建設が進み、

これ. らのダムによって球磨川の環境は大きく変わった。

下のダムは瀬戸石ダム。

20年間の水利権更新を国に申請した電源 開発(Jパワー)

と、水利権更新阻止を 掲げる球磨川漁協や市民団体が

対決姿勢を強め、撤去、存続で揺れている。

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今日本に約3、000基のダムがあり、なんと85,000基の砂防ダムがある。

自然破壊の元凶である、「ダムはいらない。」


by whosanf | 2014-11-03 10:07 | 環境問題 | Comments(0)

ダムはいらない。

「10月4日市房ダム」

球磨川の上流、水上村に市房ダムがある。

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ダム沿いの道を走っていると

上流に堆積した土石を取り除くため

狭い道を巨大なダンプカーが轟音をたてて行き交うので、

カーブを曲がるたびに冷や汗をかいた。

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水は体の血液と同じだ、よどめば死に至る。

何千年も前から生息する魚に川を解放する。

自然を征服する過去と決別して、役立たずのダムを取り壊せ。

アメリカ全土につくられた7万5千基のダム。

それらの多くは、川を変貌させ、魚を絶滅させ、

それにもかかわらず期待される発電・灌漑・洪水防止のいずれにおいても

低い価値しか提供していない。

むしろダムの維持には高い経済的コストもかかっている。

そんな負の面ばかりのダムを「撤去」する選択が、アメリカでは現実になってきた。

だが「ダム撤去」が当たり前に語られるようになるまでには、

「クレイジー」と言われながも川の自由を求め続けてきた人びとの挑戦があった。

彼らのエネルギーにより「爆破」が起こるドキュメンタリー。

映画「ダムネーション」より。


by whosanf | 2014-10-29 15:41 | 環境問題 | Comments(0)

民宿 焼き畑。

「10月3日椎葉村へ向かう。」

西米良から椎葉村へ、この林道を通るのは実に35年ぶり。

当時、道は舗装されておらず、崖にはガードレールも無いような

絶壁の道が続き、まさに命がけで行く秘境の集落だった。

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道は舗装され、危険を感じる場所はほとんど無かった。

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それでも所々に崖崩れの跡があり、信じられないような所に

砂防ダムが造られていた。



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山間部にぽつんぽつんと集落があり、人間のたくましさを

感じると同時に、自然の壮大さに恐れ入った。

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椎葉村に着いたら、椎葉クニ子さんを訪ねてみよう。

ふと、途中で思いついた。

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「椎葉クニ子さんの民宿はどこですか?」

閉まりかけた観光案内所で訊くと、慌ただしい中を若い女性が

地図まで持ってきて教えてくれた。

上椎葉という場所にあり、さらに40分程かかるという。

時間は16時だったので、まだ大丈夫だろうと、向かったが

途中で道路工事の足止めで、40分待たされた。

所々に民宿焼畑と看板があるが、何度も道に迷い、

人に尋ねながら、やっとたどり着いた時には日が

暮れていた。

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家の中には沢山の宿泊客がいる様で、慌ただしい雰囲気だった。

戸を開けてご主人らしき人の声をかける。

「宿泊ではありませんが、

外観だけでも写真を撮らせてもらえませんか」?

「暗かけど、大丈夫ですか」?

「はい、なんとか」。

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室内から宿泊客のにぎやかな笑い声が、山の彼方にこだましていた。

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撮影が終わり再びご主人を訪ね 「ありがとうございました」。

というと、「ばたばたで、何のおかまいも出来ず申し訳ありません」。と

優しげに答えられた。

「突然お邪魔したのはこちらの方で」。と、恐縮し

「今度は、ゆっくりと泊まりに来ます」。と焼畑を後にした。

その後、ねぐらを探しうろつていると、

杉林の伐採後に空き地があったので、

そこに車を止めて車中泊。

標高900メートルを超える山の中。

手が届きそうな場所で、星が無数に輝いていた。
by whosanf | 2014-10-25 15:28 | 環境問題 | Comments(0)
杷木の災害現場を後に、日田へ向かった。

途中河川の脇に洪水で破壊されたゴルフの練習場が目に入り、立ち寄った。

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張り巡らされたネットを支える鉄塔がグニャリと曲がり、芝土の下がえぐり取られ

洪水のすごさを見せつけている。

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川沿い生えた木。

樹種は解らなかったが、えぐり取られた土壌にむき出しの根をさらしながら踏ん張り、

立派に耐えていた。

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水没した田んぼの脇で年老いた男性が、田んぼ脇の水路溜まった土砂をスコップで

かきだいていた。

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by whosanf | 2012-07-16 18:35 | 環境問題 | Comments(0)