11月2日朝7時。大分で自然農を営む友人からの電話に、寝起きの私は耳を疑った。
昨夜11時玄海原発4号基が再稼働したと言う。
九電の姑息な手段には怒りを通り越し、悲しい気持ちが私の胸に込み上げた。
友人は昨夜のうちに書き上げた要望書を持って、即刻九電に駆けつけるとの事。
私も別件で、九電前広場に行く予定だったので現地で会う事にした。
午後1時、九電前には突然の再稼働に怒りを抑えきれない人々が約100名集まった。

大分で自然農を営む友人の菊之助さんが弟子のマコさんと共に駆けつけた。

手には昨夜の原発再稼働直後に書いた九電宛ての要望書を持っている。

予定していた里芋の収穫作業を中止して、疾風のようにやって来た。
九電本社に向かう車の中で3時間、マコさんはその間に要請書の内容を繰り返し
繰り返し読んで自分の言葉として覚えたそうだ。



九電本社の地下2階にある会議室に通された人々は約80名。
反原発市民の代表者が事前に(昨日)九電との申し合わせを行い、要請書を書いてきた人それぞれが
各自で読み上げた後に質疑の時間を設けるとの事で会場に入った。
九電の広報室から課長以下4名が対応にあたった。

マコさんは2番目に要請書を読む事になっていた。
その時間になり、私は会場を見渡したがマコさんの姿が無かった。
進行役の口からマコさんの具合が急に悪くなったと聞き、慌てて会場の外に飛び出し辺りを探した。
エスカレーターの脇に、つい先ほどまで元気だったマコさんが仰向けに横たわり、そばに、
介抱する菊之助さんの姿があった。
過呼吸で、一時完全に意識が無かったそうだ。
呼吸が胸式から腹式に変わったから、もう大丈夫です。
そう言うと菊之助さんは懐からカメラを取り出し、横たわるマコさんを写真に撮った。
マコさんも意識が戻り、ホッとした。
「なんとかして要請書を読みたい。」マコさんは小さな声でつぶやいた。
その状態を見て私は内心、「無理だろう」 と思ったが、二人がただ者では
無い事をこれまでの付き合いの中で知っていた。

会場に戻り、穏やかではない気持ちを抑え私は会場にいる人々にその事を告げた。
どれくらい経ったのかはっきりと覚えていないが、マコさんが会場に入ってきた。
じ〜んときた。
足取りもしっかりと皆の前に立った。

要請書をきっぱりと読み上げた。
ふたたび、じ〜んと来た。
二人は日々悔いの無い一日を送る事を心がけている。

それから数時間、会場では行き場の無い怒りが九電広報室の担当者に向けられた。
「仕事ですから」と言い訳をする彼らに対してより、その上に君臨する松尾会長、
真鍋社長にものすごい怒りを覚えた。
九州電力の忠実な社員は一度も席に着く事無く3時間半、唇を噛み締め
耐えるようにして立っていた。
私は利益を優先する社会の悲哀をそこに見た。
重たい足取りで家路に付き、寝苦しい夜を過ごした。